天使の報告書

ホコリと鉄の匂いがする
灯りは蝋燭1本しか無い筈の地下は、しかし蝋燭1本とは思えないほどの怪しい光が灯っていた
光の源は見た事のない図形である
五芒星の中心にはおぞましいナニカがいる、その周りを踊るは何処の言語だかも分からない様な文字だ
それを囲む様に二重の円が描かれている
その前に立ち、言葉を唱える男が1人
分厚い本を持ち、手は切れているらしい
しかし手から零れる赤を凌駕する、おびただしい骸や屍体が積まれていた
……どうやら悪魔召喚の様だ
こんなに沢山の犠牲を差し出し、一体ナニを呼び出すつもりなのか
そんな疑問はすぐ解消された
ズズ……と、魔法陣の中心からナニカがはい出てくる
つい先刻まで中心に描かれていたモノとは比べ物にならない位に、それは恐怖としてそこにいた
醜く嘆く様な音が響く
おぞましい塊が蠢いている
赤なのか青なのかよく分からない色が混じった黒い塊は、その内にしっかりとした形に形成された。
人だ、人型の悪魔が立っている
否、悪魔と言っていいのか分からない様な見た目であるが、しかし確かに悪魔であろう者がいる
天使のソレとは言い難い程不気味に光る藍色の輪
その反対には片方しかない角
羽はない。悪魔らしい要素は今の所なり損ないの様な片側の歪んだ角だけである
召喚失敗だろうか、確かに手応えが合った様に見受けたが
男は何処で入手したかも分からない本を持ち唖然としている。
……悪魔の姿が完璧に見え、それから少し経った後
重苦しく続いた沈黙は悪魔が破った
「……貴方ですか?」
「…は?」
「いえ、だから貴方ですよね。私を呼んだの……」
きっと質問では無かったのだろう
確認という形で聞き返した悪魔は随分落ち着いた話し方をした
声のトーン的に男の悪魔であろう彼は、訝しげな目を男に向ける
「きっと、貴方もなにか訳があって私を呼んだんだろうけど、私にはなにも力添え出来ませんよ……
俺はなり損ないなんだ。」
随分卑屈である
基本悪魔というのは自信たっぷりなモノだが、しかし彼はそうでは無いようだ
見るに恐らく、堕天したか元々人間だったのだろう。
恐らく後者だ、堕天使ならそれ相応の雰囲気がある筈である
しかし彼にはそれが無い。なり損ないは事実そうだ
「でも呼ばれてしまったからにはなにかしなければならない……
なにが望みなんですか?貴方は……」
「……!!あ、ああ、ああ!
そうだ、願い……願いだ……」
我を取り戻した様に男が話し出す
「俺の願いは彼奴が死ぬ事だ!
俺の事を惨めにしやがって……彼奴だけは許せねぇ、出来るだけ苦しんで死んで欲しいんだ!彼奴の家族も皆殺しだ……俺をコケにした事を後悔させてやる……!!!」
「…………なにか、されたんですか……」
「お前には関係ない!!さっさと願いを叶えろ!!!」
「ヒッ……すみません、そうですよね……俺のせいで不快にさせてしまって……ごめんなさい……」
まるでコントを見ている様だ
男の願いはどうやら復讐らしい。
そんなもの自分でやればいいのに……
まぁ、それが出来ないからこんなモノに頼ったのだろう
一方の彼は、元々下がり気味の眉が更に下がり、この世の終わりの様な顔をしながら謝罪している
卑屈と言うよりは、何かに嘆いている様だ。どちらにせよ、悪魔らしくは無い
「おい。ところで彼奴を殺すとき、俺の目の前で殺せよ!
まず家族、ガキから殺せ!
彼奴の目の前で見せつけろ!!」
「…分かりました……では、少し待ってて下さい」
「早くしろよ、待たせるな!」
それから数分後、”彼奴”が来た
家族も一緒だ、これから何が起こるか分からない故か、その顔には恐怖が滲んでいる
部屋の奥の骸たちを見た娘は、「ヒッ!!」と一言言うや否や、
地下室を逃げようとした。当然の反応である
しかし、そんな彼女は
……虚しくも外を見ることは叶わなかった
そんな彼女を皮切りに、見るも耐えないやり口で惨殺される”彼奴”の家族を、男は歪んだ笑顔で
”彼奴”は地獄を見るような顔で眺めていた
その中淡々と命を摘んでいく彼は、最初出てきた時と1寸も変わらない顔で、やはり嘆く様な目で事を済ましていった
そしてとうとう残るは2人
”彼奴”と、契約者である男だけだ
そして、彼は言った
「……残念ですけど、やはり私では役不足です。俺のせいなんです、本当にごめんなさい。でも、贄が足りないんです……そもそも契約と贄の数が合わないんだ……俺はこんななり損ないだから……」
「……っ!!おい!ふざけるな!!!この死体を使え!!再契約だ!!!!この男を殺せ!!」
「…………何を言っているんですか貴方は、この贄は……貴方のですよ。ええ、そこで怯えてる貴方です
……さぁ、何を望みますか?
この数なら、彼をどうしたってお釣りが来ますよ」
貴方と言い、彼が向けた視線の先に居た”彼奴”の目には、つい先刻まで染まっていた恐怖はもう居なかった。あるのはひたすらにどす黒い復讐心である
…契約は交わされた
この瞬間から、彼にとって
男は”彼奴”となり
”彼奴”は契約者となったのだ
いるのは契約者である男と”彼奴”
の2人だけである
つい先刻まで優越と復讐に染まっていた目は、今やその面影を残していない
立場は逆転した
惨たらしい贄を見て、絶望し死ぬのはどうやら逆だった様だ
ちょっと前まで契約者だった”彼奴”は、自分が男の家族をそうした様に、いや、それ以上に残忍な方法で死を迎えた
彼の目は、相変わらず何かを嘆く様だった
…契約は終わりを告げる
家族を贄とし、復讐を遂げた男に残るものはあっただろうか
他人を贄とし、自分が同じ様となった男は何を得たのだろう
きっと彼は知っていた。こうなるであろう事を
なにかに嘆く目は、いつだって契約者や贄の事を見ていなかった
少し先、もしかしたら何年後の未来をも見えていたのかもしれない
それを知ってて、きっとそんな目をしているのだ
何者をも嘆く目を、自分を悲しく責める目を
……これは数年後の話になるが、復讐を果たした男は結局縊死した。誰も幸福になれない話であった。
…………神様に報告しなくっちゃ
神様は、なんだってこんな報告をさせるんだろう。こんな回りくどい言い回ししてるけど、本当は知っているのだ。彼の正体を、彼がなり損ないなんて言う理由を。
でもきっと、神様だからなにか理由があるのだろう
もし無くったって良い
いつだって正しいのは神様なのだから